Poster Museum 1992~1996


カンコンキンシアター公演「クドい!」

1992年8月13日~21日公演

カンコンキンシアター公演「クドい!」

4年目にして現タイトルの「クドい!」が出現しました!

この時点では「クドい!」というタイトルをメインに使う

想定は全くなく、内容・メンバーが全てクドいからタイト

ルも単純に「クドい!」で行こう!というシンプルな話し

合いで決定した。案外考えすぎない方が結果的に長く愛さ

れるなんてことは良くある話である。

この年、作家・構成の有川周一が当時の看板女優と結婚し

看板女優がこの公演を最後に退団した。関根座長より有川

へ「看板女優を独り占めしたんだから、代わりにお前が

舞台に出ろ」との命令で有川が舞台に出演することに。

この流れは現在にも引き継がれている。


カンコンキンシアター7「新・クドい!」

1993年8月5日~15日公演

カンコンキンシアター7「新・クドい!」

始めてタイトル内にナンバリングが打たれ回数が明確に。

公演日程をよ~く見てみると、なんと11日間の公演!

東京公演だけでも現在より1日多く、さらに横浜で2公演、

千葉で1公演を行っていることから、歴代最多公演数を

記録した回でもありました。

この年を最後に地方公演を取りやめているのですが、その

取りやめた理由が「1週間空くとテンション保つの大変だし

セリフも忘れちゃうんだよなぁ」という子供みたいな理由

だった。現在でも地方公演を望む声は多数寄せられている

が、一向にやる気配を見せないのは、上記の理由からであ

ります。


カンコンキンシアター8「新・クドい!A」

1994年8月4日~13日公演

カンコンキンシアター8「新・クドい!A(エース)」

前年まで作家として携わっていたキャイ~ンの天野ひろゆ

きが初めてて登場した公演。この年は当時別な相方とコン

ビを組んでいた飯尾和樹も初登場。当時はツッコミの担当

だった飯尾は相方の強烈なキャラクターに押され、存在感

が全く無く、しばらく不遇の時期が続く。

公演内容が全く掲載されていない事でお馴染みのパンフレ

ットにタイトルが「軍人魂」となったのもこの年。

命名はラッキィ池田。この頃に変更されたパンフレットの

大きさは写真誌「投稿写真」サイズという指定のもとに作

成された。


カンコンキンシアター9「クドい!4」

1995年8月4日~13日公演

カンコンキンシアター9「クドい!4」

~神田うのがいるのなら御徒町さのが居てもいい~

関根座長の直筆イラストデザインのポスターがスタート

した初めての公演。この時に描かれている千葉真一さんが

今では浅井企画との業務提携関係にあるのは感慨深い。

タイトルの形式、公演日程などが現行の公演まで続く

スタイルとなった始まりの公演でもある。

公演回数は9回目なのに、「クドい!」になってからは4回

目ということでタイトルにナンバーが2つ乱立する異常事態

を招いている。


カンコンキンシアター10「クドイ!10」

1996年8月2日~11日公演

カンコンキンシアター10「クドイい!10」

~(都市博のかわり)~

しょーこりもなくナンバリングが重複しているタイトル。

しかも10が2つ。タイトルの打ち合わせで「もうメンドクサ

イから10でいいよ。10で」との意見で「クドい!」に10と

付けちゃいました。サブタイトルにある「都市博」とは、

当時東京で開催される予定だった博覧会の事で、開催年に

突如として開催を中止したことから、行く予定だった人は

せめて「クドい!」を観て楽しんでくださいという思いを

込めた・・・かどうかは謎。

この年、カンコンキンの千秋楽と「小堺クンのおすましで

SHOW」公演との間でコサキンによる「おげれつでSH

OW」という伝説のライブが敢行されている。